東京地方裁判所 昭和42年(ワ)1203号 判決 1968年7月31日
原告 協栄化成株式会社
右訴訟代理人弁護士 内野経一郎
同 藤田一伯
同 平賀睦夫
被告 日本合成樹脂工芸株式会社
右訴訟代理人弁護士 中山吉弘
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求める裁判
1. 原告
被告は原告に対して金二五〇万円のうち一九〇万円を即時に残金六〇万円については昭和四三年六月より完済に至るまで毎月四日限り金一〇万円宛を支払え、訴訟費用は被告の負担とする、との判決並びに仮執行の宣言
2. 被告
主文同旨の判決
第二、当事者の主張
1. 原告
A、本位的請求原因
一、原告(もとの商号は光栄樹脂工業株式会社)はプラスチック成型材料の加工販売を業とする会社、被告はプラスチック成型加工を業とする会社である。
二、訴外株式会社日本合成樹脂工芸社(昭和三九年一〇月五日解散、以下旧会社という)は被告会社と同一目的の会社であったが原告は右会社に対し昭和三八年八月から同三九年三月までの間プラスチックの成型材料を売渡し、その代金は金五九九万二、四三〇円に達したが右会社は昭和三九年三月二五日倒産し、被告会社は同年一〇月二一日設立されたものである。
三、被告会社の、旧会社債務引受
(イ) 昭和三九年一一月一九日原告会社代表取締役と、被告会社取締役永井憲(同人は当時代表権はなかったが、被告会社の代表者から代表権の白紙委任を受けて被告会社を運営していたもの)との間において旧会社が原告に対して負担していた売掛代金債務(五九九万二、四三〇円)のうちその半額を引受けて支払うとの契約が成立した。
(ロ) そのほか昭和四一年一〇月原告会社の代表取締役と被告会社代表取締役永井憲との間において、原告の旧会社に対する前記売買代金債権額について原告会社は四四〇万ないし四五〇万円と主張し、被告会社は三五〇万円ないし三六〇万円と主張し、そのさい被告会社代表取締役永井憲は原告会社の帳簿と旧会社の帳簿を照合して原告の主張が正しいことが判明すれば被告会社は旧会社の債務のうち二五〇万円を引受けて支払い、もし被告会社の主張が正しいときは二〇〇万円を引受けて支払うことを約したが後日右帳簿を照合した結果原告の主張が正しいことが判明した。
そこで被告会社の代表取締役永井憲は昭和四一年一一月四日原告会社に対し原告の右会社に対する前記売掛代金のうち二五〇万円の債務を引受け右同日を第一回として毎月四日限り月額一〇万円づつを支払うことを約した。
四、よって右三の(ロ)の引受契約にもとづいて、本件口頭弁論終結時に履行時の到来している一九〇万円を即時に残金六〇万円については昭和四三年六月以降支払済に至るまで毎月四日限り一〇万円づつ支払うことを求め、かりに右(ロ)の引受契約が認められないときは右三の(イ)の引受契約にもとづいて二五〇万円の支払いを求める(ただしその履行期については(ロ)と同じ方法による履行を求める)
B、予備的請求原因
一、原告と被告会社の目的及び原告が旧会社に対し金五九九万二、四三〇円の売掛代金債権を有していたこと、旧会社が昭和三九年三月二五日倒産したことは本位的請求原因(一、二)において主張したとおりである。
二、被告会社は旧会社の原告会社に対する債務を法律上当然に引受け負担すべきでその支払義務を免れない、その理由はつぎのとおりである。
(イ) 被告会社は旧会社の倒産に伴って設立されたいわゆる第二会社である。
(ロ) 両会社の代表取締役は永井憲、監査役も同一人が兼ねている。
(ハ) 両会社とも代表取締役永井憲の個人信用に基礎をおくいわゆる個人会社である。
(ニ) 両会社の商号が非常に類似している。
(ホ) 被告会社は旧会社が手形の不渡りを出し、銀行取引が停止されたのでその救済方法として、又旧会社の債権者より旧会社の財産が差押を受けることを避けることを目的として設立されたものである。
(ヘ) 被告会社は旧会社の工場設備等一切を引続き使用して稼動しており、被告会社本店は旧会社の第二工場の所在地においている。
(ト) 旧会社の取引先を被告会社は引継いでいる。
(チ) 以上(イ)ないし(ト)の事実関係においては旧会社と被告会社は形式的には別会社であるが社会的には同一人格であって法律的にも同一人格と看做すこことが正義と衡平の理念に合致するところであるから被告はその設立と同時に旧会社の原告会社に対する債務を当然引受け、支払わなければならない。
三、よって前記売掛代金の内二五〇万円につき本位的請求において請求するとおりの支払いを求める。
2. 被告(請求原因に対する答弁)
A、本位的請求原因
一、第一項の事実は認める。
二、第二項の事実のうち原告の旧会社に対する売掛代金債権額は四八四万七、八七〇円である、その他の原告主張事実は認める。
三、第三項の事実((イ)、(ロ))はすべて否認する。
四、第四項は争う。
B、予備的請求原因
一、第一項の事実は本位的請求原因事実の答弁のとおり
二、第二項の事実のうち(ホ)ないし(チ)の事実は否認する。(イ)ないし(ニ)の事実につき両会社の代表取締役と監査役が現在同一人であることは認めるが、被告会社設立当初の代表取締役は同一人ではない(永井憲が被告会社の代表取締役に就任したのは昭和四一年一〇月一日である)
旧会社と、被告会社は全く別人格であって被告会社が旧会社の債務を負担するいわれはない。
三、第三項は争う。
3. 被告(抗弁)
原告は昭和三九年一二月三日旧会社の債権整理委員会(委員長原告会社代表者)に対し、原告が旧会社に対し負担していた本件売掛代金債権を四八万四、七八七円で譲渡し右債権を失ったから本訴請求は失当である。
4. 原告(被告の抗弁に対する答弁)否認する。
第三、証拠<省略>
理由
(本位的請求について)
一、原告が請求原因第一、二項において主張する事実のうち原告が旧会社に対して有する売掛代金額を除き当事者間に争がなく、右売掛代金債権額は<証拠>によると、昭和三九年三月二五日現在の額は四八〇万二、八九〇円であったがその后も取引を継続して昭和三九年一一月一一日当時の額は四八四万七、八七一万円であったことが認められる。
二、被告は原告が右売掛代金債権を旧会社の債権者整理委員会に譲渡したと主張するので判断する。
成立に争のない乙第一号証(債権譲渡契約書)には被告の主張するように原告は右売掛代金債権を右委員会に譲渡した旨の記載があるが、<証拠>によると旧会社が倒産して後、旧会社の債権者らにおいて委員会を組織し、そのうち大口債権者であった原告の代表者岩田平夫が委員長に選ばれ旧会社の代表者永井憲と種々折衝のうえ旧会社はその債務者らに対しその債権額の一割に相当する金額を支払い残額は免除することに話がまとまり一般債権者もこれを了承したが原告会社としてはそれに納得せず裏で有利な支払条件を持ち出し交渉を続けていたが原告会社の代表取締役岩井平夫は右委員会の委員長の地位にあったことでもあり、他の一般債権者の手前をつくろうため、その債権を右委員会に譲渡するような契約もないのに右乙第一号証が作られたことが認められるから右乙第一号証をもってはいまだ被告主張の抗弁事実を認めることができず他にこれを認めるに足りる証拠がないから被告主張の右抗弁は採用できない。
三、そこで原告主張の債務引受契約について一括して判断する。
(イ) 先づ昭和三九年一一月一九日の引受契約について、
<証拠>によると旧会社は昭和三九年三月二五日手形の不渡りを出して倒産し、前記認定のとおりその大口債権者である原告会社代表者岩井平夫が債権整理委員長に選ばれ、昭和三九年一一月頃旧会社は各債権者に対し、その債権額の一割を支払い残額は各債権者が免除することに合意ができたが原告としては右一割配当では満足せず旧会社の代表者(当時は解散し清算人)永井憲に対しより有利な支払方を交渉し結局右永井は昭和三九年一一月一九日原告の代表取締役岩井平夫に対し他の債権者に支払うと同率の支払いをするほかに債権額の半額を支払うことを約したことが認められ、原告会社代表者尋問の結果によると右永井の資格についてただ永井の会社というにとどまりその供述は至極あいまいであるばかりでなく、原告の主張によっても右永井は当時被告会社の代表者ではなく(証拠省略)また原告主張のように同人が被告会社の代表者から代表権の白紙委任を受けていたことを認めるに足りる証拠は存在しないから昭和三九年一一月一九日被告会社との間に債務引受契約が成立したとの原告の主張は採用できない。
(ロ) つぎに昭和四一年一〇月及び同年一一月四日の引受契約の主張について旧会社の代表者永井憲が原告に対しその買掛金債務の半額を支払うことを約したことは前記認定のとおりであるが証人槌田建の証言及び原被告各代表者尋問の結果(後記認定に反する部分は除く)によれば右永井は右約束の当日以降翌四〇年三月までの間に数回にわたり第三者振出の手形を原告に交付し旧会社の右債務の内入弁済をしたがその后は履行をせず原告から右永井に対し屡々督促がなされ両者間に種々折衝が行われたものの結局折合がつかず昭和四一年一〇月二〇日頃新会社の監査役槌田建が両者の仲裁をすることとなり五反田の料亭において三者会合し、その席で右槌田から右永井に対し二五〇万円を支払うことの案が出されたが永井は二〇〇万円を主張し、それ以上は払えないとし、かつ原告の主張する旧会社に対する債権額と右永井の主張する債務の額に相違があるのでそれをよく照合しなければ払えない。もし原告の主張どおりであれば更に二〇〇万円に五〇万円を上積みして支払ってもよいとの意向を表明し(弁論の全趣旨によると帳簿を照合してその結果によってーすなわち停止条件としてー支払うことを確定的に決めたのではなく、帳簿照合の結果にもとづいて更に両者協議して、その支払方法等を決めること)たのでその日はとりあえず永井において旧会社の帳簿を照合することとして散会し、その翌々日右永井は旧会社の帳簿を照合したところその照合の結果にもとづいてその后(その日時は証拠上不明)原告会社代表者岩井と右永井との間において右二五〇万円の支払方法について交渉が行われ、永井はその支払方法として昭和四一年一二月を第一回として毎月一〇万円づつ毎月末日払いの約束手形で支払うこと、その手形は一度に三ケ月分の手形をまとめて振出し、その手形が満期に決済されてから更に三ケ月分の手形を振出すこと、その手形を振出すについては原告会社が被告会社にプラスチック成型材料を売渡さないのにあたかもこれを売渡したかのように作為し被告会社はその代金支払いのために右約束手形を振出したように形式を作り順次被告会社の約束手形で決済することを提案したのに対し、原告は右一〇万円づつの月賦で支払うことは承認したが、右一〇万円の全手形を一括して振出すか、それができなければ被告の借用証を書くことを固執し、その点で双方の話がこじれ感情的となり結局右支払の約束は最終的に決裂したことが認められる(右認定に反する証人槌田建の証言、原、被告本人尋問の結果は信用できない)。
右認定のように右永井が被告会社の手形をもって支払うことを提案したことは当時永井は被告会社の代表取締役であったから反証のない本件においては被告会社は右条件によって旧会社の債務を引受けて支払うことを提案したものと認めるのを相当とするが、その提案は前記説明のとおり結局合意に達しなかったものであり、そのほか原告主張の引受契約を認めるに足りる証拠は存在しない。
(ハ) 以上認定したとおり原告主張の債務引受契約はそれを認めることができないところであるが、かりにその引受契約が成立したものと仮定しても、右の永井は旧会社の代表者と被告会社の代表者を兼ねているところ、原告主張の債務引受契約は旧会社の利益となる反面被告会社にとって不利益をもたらすことは明瞭であって、このような場合、商法第二六五条にもとづいて右永井は被告会社の取締役会の承認を受けなければならずこの承認がない限りその行為は無効といわなければならない。(下級裁判所裁判例集一二巻九号、二二二六頁参照)
しかるにその承認のあったことの主張も立証もないからこの点からいっても原告の右請求は失当である。
(予備的請求について)
被告会社が昭和三九年一〇月二一日設立されたこと、その当時原告が旧会社に対し売掛代金債権を有していたことは前記認定のとおりである。そして原告主張の旧会社と被告会社との関係のうち(イ)ないし(ニ)の事実は被告が明らかに争わないから被告において自白したものとみなすべく(ただし永井憲が被告会社の代表取締役に就任したことは争があるがこれは <証拠>によれば永井憲は被告会社の設立当初代表取締役に就任せず昭和四一年一〇月一日に至って就任したことが認められる)その他の原告の主張事実は弁論の全趣旨と<証拠>によってこれを認めることができる。
しかし、被告会社は旧会社とは別の株主によって組織された別人格を有する会社であって法に特別の規定のない限り旧会社の債務を法律上当然受ける根拠にとぼしい。
したがって原告のこの部分に関する請求も失当である。<以下省略>。
(裁判官 地京武人)